稀薄

18時にバイトが終わる日に合わせて、3週間ごとにネイルを変えにいく。39分発の電車に乗って4つ駅を通り過ぎたあと、吐き出されるように電車を降りて、客引きが蔓延る商店街を少し歩く。電話ボックスみたいに狭いエレベーターに身を預け、押せたのか分からないほど感触のない4のボタンが光ればオンボロの箱は動き出す。ドアを引けば頭上に付けられたベルが鳴り、いらっしゃいませの声といつもの笑顔が向けられる。最初にもらったポイントカードはもう半分ほど埋まっているけれど、指名するほど仲良くなれたネイリストさんは一人もいない。初めのうちは空いてる人が担当するせいかコロコロ人が変わっていたし、施術中にテレビで好きな映画が見られることを売りにしているこのお店では、デザインや色の確認以外で話しかけられることはあまりなかった。そのはずなのに、最近はずっと同じ人がついてくれる。腕にタトゥーが入っていて、ちょっとギャルっぽいのに全く高飛車じゃなくて可愛いお姉さん。前回人差し指の爪に亀裂が入ったことを伝えると、本当はダメなんですけどね、って言いながら補強してくれた。3週間経った今回も、結局折れちゃったから全部短く揃えてくださいって言えば、折れちゃいましたか(笑)って控えめに笑う。いつもいつも真っ黒のワンカラーをお願いする私にも律儀に、この中から1色選んでくださいねってカラー表を見せてくれる。本当はお話してみたい。指に入ったレタリングのタトゥーのことも、ちらっと見える腕に入ってるお花のモチーフのタトゥーのことも、施術してくれる手のネイル、いつも可愛いなって思ってることも。目の前のテレビで流れる終わりかけのドラマ。別に見たくないのに、ってちょっと不貞腐れる。これがなかったらもっとお話出来るかな。形大丈夫そうですか?って聞くお姉さんに大丈夫ですって返しながら、仕上げていきますね〜って微笑むお姉さんに、心の奥で癒される。わたし、ずっとこのまま、お姉さんに話しかけたいままがいい。3週間に1度の楽しみにして、またスタンプカードを貯めにこよう。今度は550円の指名料を払ってみようかな。きっとそれでも変わらない、寡黙な私たちの1時間。手と手が触れてるはずなのに、言葉が足りない1時間。すごく愛おしい、1時間。